「挑戦と機会 − アジアにおける米国の商業的課題」 デビッド ・アーロン商務次官 (国際貿易担当)の講演 1998年2月26日、於 「World Affairs Council」− 米国、ワシントン D.C. 私は今晩ここで、アジアの危機と、それが米国にとってどういう意味を持つかについてお話 をさせていただけることを、大変嬉しく思います。私は、デイリー商務長官のアジア歴訪に同 行し帰国したばかりですので、特にタイミングもよいと思います。 今回の危機は、経済予測の専門家も含め、ほとんどの人たちが予想していなかったことでし た。昔からあるジョークに、「なぜ神様は経済予測の専門家をお創りになったのか」というも のがあります。 その答えは、「天気予報士がいかに正確であるかを示すため」なのです。 私たちは、東京、ソウル、シンガポールを訪問し、政府高官、地元の経済界や米国企業のリ ーダー、経済学者、そして国際金融関係者といった方々と会談する機会を持ちました。また、 シンガポールでは、ASEAN各国駐在の米国大使、地域経済界のリーダー、そして商務省の担 当官とも会いました。私たちは、さまざまな意見を聞くことができましたが、本日はその中の 主なものについてお話ししたいと思います。 まず第1に、アジアの大部分で、金融市場情勢が安定しつつあるように見受けられるという 点で幅広い意見の一致がありました。ただし、まだこれから波乱があるかもしれないという点 でも意見が一致しています。国際通貨基金 (IMF) や、米国、その他の主要工業国が関与したこ とで、アジアの危機が地域金融秩序の崩壊につながるのではないかとの恐怖には歯止めがかか りました。しかし、深刻な影響を受けた韓国、タイ、そして特にインドネシアの3カ国では、 まだ大きな問題が残っています。経済的・社会的影響は、まだ出尽くしたわけではありません。 第2に、この金融危機は、特に通常の貿易信用が消失することによって、貿易に影響が及び 始めています。信用状その他の貿易金融の流れを再確立することは、特にインドネシアで枢要 ですが、韓国、タイにおいてもきわめて重要なことです。この点について、米国輸出入銀行は 迅速な措置を取りました。私たちは、そのような措置とG7諸国との協調行動が、この問題へ の対処にある程度役立つことを期待しています。 第3に、私は、この危機の解決とアジアの経済成長の回復に対して、日本がいかに重要かと いうことを、これまでにも増して強く感じました。日本の経済成長の加速と市場開放がなけれ ば、アジアの回復は大きく遅れることになります。  第4に、アジアの将来は、金融部門だけでなく、企業の透明性と市場の開放性という、そも そも今回の危機の原因となった問題の構造的な改革にかかっていると私は確信しています。し かし、改革の達成は容易ではなく、アジアでは依然として、大勢の人々が、西欧の経済モデル を採用することが必要なのか、あるいは望ましいのかどうかについて疑問を持っています。 アジアにおける米国の利害 アジアにおける米国の経済的利害は大変大きいと言えます。近年、米国の経済成長の3分の 1は、輸出に支えられています。その輸出の3割以上が対アジア輸出で、これは対カナダ輸出 を上回っています。米国で最も高賃金の数百万もの雇用が、こうした輸出に直接依存していま す。米国の農業、製造業、サービス業は、健全なアジア市場の一刻も早い回復を必要としてい ます。 アジアの経済成長の急速な鈍化、通貨価値の下落、そして輸出資金調達の不足はすべて米国 の貿易収支に悪影響を及ぼします。 最近発表された貿易統計によると、米国の対日本・韓国・タイへの輸出は、すでに減少を始 めています。まだ米国への輸入に顕著な増加は見られませんが、まもなく現れてくると予測さ れます。経済開発協力機構 (OECD) による予備審査および数々の民間予測によると、米国経済 への影響は、米国の国内総生産(GDP)の約0.5%に相当すると推定されています。 さらに、アジアの需要低下による物価の下落をはじめとする2次的な影響が予測されます。 例えば、石油価格の下落は米国の貿易収支の改善には役立ちますが、同時にメキシコなど主要 貿易相手国は、最近のような記録的なレベルで米国からの輸入を増やし続けることが出来なく なることにもなります。 結論として、米国がアジアに関与し続けなければならないことは明らかです。むしろ今、米 国はそうした関与とリーダーシップを強化しなければなりません。私たちの将来は相互に依存 しているのです。 アジア諸国の現状 私たちは、アジア歴訪を通じて、国によって状況がかなり異なることを発見しました。 東南アジア諸国連合 (ASEAN) : ASEAN地域では、インドネシアという重要な例外を除き、 状況は安定してきたようです。概して、タイは安定と構造改革への道を着実に歩み始めたとい う点で意見の一致があります。特に、タイ政府によるIMFプログラムの実施は高く評価され ています。 シンガポールは特に順調のようです。周辺諸国の経済成長の鈍化が、シンガポールの輸出に も影響を与えますが、シンガポールの開放性と透明性は、よい効果をもたらしています。  金融市場が地域内諸国、及び、それぞれの国家が直面する問題を、それぞれはっきりと区別 するようになってきたため、フィリピンの情勢は安定してきたようです。   最も深刻な課題に直面しているのはインドネシアで、その政治的・経済的混乱が、他の東南 アジア諸国に広がる恐れがあります。通貨価値が75%も下落したため、世界第4位の人口を 持つこの国では、食糧や、輸出品の製造に極めて重要な原材料の輸入も困難なほど深刻な状況 です。 インドネシアは、IMF、米国、その他諸国と協力し、現状打開策を模索していますが、その 道のりは厳しく、日々変化しつつあります。経済の窮状に加えて、環境上の問題もあり、エル ニーニョの影響による干ばつで国内の食糧供給が脅かされているほか、昨年東南アジアの空を 煙で覆った山火事が再び発生しています。 韓国: 一方、韓国は明らかに望ましい方向へ進んでいます。韓国の政府主導の経済は、長 年に渡って彼らの最大の経済コングロマリット − 「財閥」 − に多額の資金を投入し、財閥が 生産と輸出の拡大を続けることを期待してきました。しかし意味ある投資収益を上げる必要性 にも迫られず、安価な資本が無限に供給され、何を生産しても無制限の国際市場が与えられる と信じていた財閥は、ますます誤った経済的決定を行うようになりました。 危険を警告する兆候はありました。 韓国の巨大な過剰生産能力を一因とする半導体価格の下落が続いていたこと、そして今年初 めに韓宝鉄鋼のような大企業が倒産したことは、改革の必要性を示していましたが、こうした 兆候は無視されました。 しかし、韓国は民主主義国家であり、政治の変革とともに、経済改革も約束されました。 昨日、大統領に就任した金大中氏は、真の市場経済確立を目指す決意を固めているようで、 私たちは、彼が示してきた指導力を称賛しています。金大統領は、経済の規制緩和、外国から の投資や貿易への開放、金融制度の健全化と透明性向上といった幅広い措置を含む IMF のプログラムを支持してきました。 とは言え、新政権は今後数カ月、困難な時期を迎えます。韓国の官僚には、迅速な対応をと るという評判は、ありません。短期的には、韓国の産業の構造改革と整理・縮小によって、新 しい企業の成長だけでは吸収しきれない規模のレイオフが生じるでしょう。弱体化した銀行は 収支を改善するため、不良企業だけでなく優良企業に対しても融資を止めています。 中でも、我々の貿易収支に影響を及ぼす問題の1つが貿易信用の問題であり、これには迅速 に対応しなければなりません。金融機関が引き締め策をとり、健全な輸入企業とそうでない輸 入企業の区別をつけられずにいるため、信用状が事実上なくなっています。貿易信用を拡大す るという最近のG7による措置はかなりの効果を持ちますが、韓国は、金融機関が健全な企業 をより明確に見分けることができるよう企業の透明性を向上させるための迅速な行動をとらな ければなりません。 韓国が根本的な改革という課題に取り組み、韓国国民が変革の痛みに耐えている中で、我々 は新政権を十分に理解し、支持する必要があります。 日本: アジアの回復のカギは、日本にあります。アジアで最大の経済・貿易国家として、 今後数カ月の日本の行動は、アジアのみならず、世界の将来の繁栄に重大な影響を及ぼします。 アジアを訪問して、2つのことが明らかになりました。第1に、日本経済が健全で成長して いなければ、アジアの回復はありえないということです。第2に、日本経済の持続的成長は、 健全なアジアにかかっているということです。これは2つの数字を見れば明らかです。まず、 アジアにおける製品・サービスの、ドル評価額で7割が日本で生産されているという驚くべき 数字があります。そして、2番目に、アジアの輸出の55%近くが、他のアジア諸国への輸出 です。現に、日本の輸出の4割以上は対アジア輸出です。 この事から明らかなのは、アジア経済が健全でなければ日本はアジア諸国へ輸出することが できず、一方で、アジア諸国は対日輸出を増やせなければ経済が回復しないということです。 各国が、互いに生産者であると同時に消費者でもあるという統合されたシステムの中心が、日 本なのです。 しかし、日本では、アジアに関しても、また7年間停滞している日本経済に関しても、差し 迫った危機感が感じられませんでした。しかし、アジアの安定と成長の回復のために日本がで きる最も重要な貢献とは、内需拡大、経済の規制緩和、そして輸入品への市場開放です。アジ アの牽引車となりうる経済を持っているのは、日本だけです。米国がそのような役割を果たす ことはできません。米国の経済は、すでに開放され、好調ですが、アジアの輸出のうち対米輸 出はわずか2割にすぎません。 私は、日本が何もしていないという印象を与えようとしているのではありません。日本政府 はいくつかの重要な措置を実施しています。例えば、日本は他のアジア諸国に、国際収支支払 い援助、開発援助、融資、貿易保険等計300億ドルを提供することを約束しています。また、 日本国内の金融制度安定化のため、30兆円規模の包括的措置を含めた対策をとっています。 しかし、こうした歓迎すべき措置がとられてはいるものの、日本の財政政策は全体として、 経済を前進させるには、いまだに制約的であり、不十分です。橋本総理は、国内経済改革案を いくつか提案していますが、頑固に動こうとしない官僚には、まだ打ち勝っていません。市場 開放には時間がかかり、痛みを伴います。最近合意に達した民間航空協定の交渉には、20年 の歳月がかかりました。 日本が内需主導の強い成長を実現するには、まだなすべきことがあるのは明らかです。日本 の輸出は国内総生産のわずか1割を占めるにすぎないため、輸出主導型の成長に依存すること はできません。国内経済から発生する成長でなければなりません。しかし、デイリー長官と私 が東京で受け取ったメッセージは、あまり期待できるものではありませんでした。新たな包括 的経済刺激策を検討する以前に、まず新年度予算を成立させることが先決であるということで した。我々は引き続き、日本の当局が、タイミング良く実行する必要のある措置をさらにとる 用意があることを希望しています。 貿易の重要性 アジアの長期的な見通しは非常に好ましいものです。しかし、過去に戻ることはできません。 これからのアジアは、これまでとは違うアジアであり、中央政府主導から市場重視の成長へ移 行するアジアとなると思います。方向転換を計るにあたり、アジアは大規模な構造改革を実施 しなければならず、その一部はIMFプログラムの下ですでに開始されていますが、まだこれ から実施すべき改革もあります。 アジアでは金融・銀行部門の問題が最も顕著ですが、必要な構造改革は、貿易面にも及ぶも のでなければなりません。保護された市場では、誤った経営方針から生じた失敗を競争により 是正することができないために、金融資源の配分がうまくできていません。最も保護された経 済を持つ国の中に、最も深刻な状況が見られる一方、シンガポールや香港など最も開放された 経済が最も好調である事実は、大きな教訓を示しています。 アジアの成長を復活させる唯一の道は、保護主義に抵抗し、各国が市場を開放し、ともに成 長することによって発展していくことです。アジア諸国は、米国へ輸出することで現下の窮状 を抜け出せるという意見がよく聞かれます。しかし、アジアの貿易の55%はアジア域内の貿 易であることを憶えておく必要があります。米国市場が膨大な輸入の増加を吸収できたとして も、アジア域内の貿易の減少を埋め合わせることはできません。 アジア諸国は、国内産業を保護するための近視眼的な試みとして、市場開放へのコミットメ ントを後退させたり、新たな貿易障壁を作るために、この危機を口実にしないことが大切です。 私がこう言うのは、私たちの利益のためではなく、アジア諸国の利益となるからです。前進の 道は1つしかなく、それは市場を開放し、輸出と同様に輸入を増加させることです。 今のところ、まだ貿易障壁を高められてはいませんが、今回の合意の趣旨と内容の完全な実 施を先延ばしにし、実施を遅らせるための抜け穴を探そうとする誘惑があることは明らかです。 アジアの状況が原因で米国の貿易赤字が拡大しようとしている時に、そうした誘惑に負けるこ とは、最も望ましくない展開の1つです。米国民は、マクロ経済の動向による貿易面での圧力 は理解できますが、市場開放を抑制しようとする公然あるいは隠然たる動きによって米国が貿 易で損失を被ることに理解はできません。米国の輸出に対する貿易障壁を高めれば、アジアの 回復への支持は急速に失われることになります。  デイリー長官がアジア歴訪で一貫して指摘したのは、保護主義を防ぎ、アジアが強力な成長 の軌道に戻るための最も重要な措置は、昨年11月のバンクーバーでのAPEC首脳会議で明ら かにされた全9分野において、貿易障壁をできる限り完全に廃止することにあるということで した。アジア歴訪中、APECの高官がマレーシアで会合を持ち、この構想について話し合いま したが、当初の成果は建設的かつ有望なものでした。 米国の役割 環太平洋地域および世界最大の経済国家として、米国には、アジアの危機の解決に果たすべ き特別な役割があります。確かに、アジアの問題解決のため絶対的に必要な短期的金融支援に、 米国は参加しなければなりません。米国はそうした支援を、IMFが必要とする資金提供も含め、 完全に実行しなければなりません。これは贈与ではなく、融資であり、これまでのところ健全 な投資となっています。IMF創設以来、米国は1セントたりとも損失を出していません。いか なる融資も利子を加えて返済されており、今回のアジアでの融資プログラムも同様の結果が期 待できると信じています。 私たちは、貿易信用を再確立する方法にも注意を集中しなければなりません。米国輸出入銀 行のジム・ハーモン総裁は、韓国における短期貿易保険制度を強化しており、他のアジア市場 でも同制度を拡大する方法を模索しています。 しかし、米国の役割は、金融面以外でも果たされなければなりません。これには、開放・競 争政策へ移行するアジア諸国に対する一貫した政治的支援が含まれなければなりません。市場 開放の原則に対する基本的なコミットメントがあれば、持続可能な成長の復活が可能になるだ けでなく、保証もされます。特に、私たちは、こうした諸国が包括的なIMFプログラムで確 約した市場アクセスを実現することを促すため、できる限りのことをしなければなりません。 私たちは、現在の経済状況に関わりなく、米国企業が新たな輸出・投資機会を利用できるよ う支援をしなければなりません。なぜなら、この市場の長期的な可能性を信じているからです。 アジアにおける私たちの貿易相手国が外国資本を必要としていても、私たちは、アジアの不幸 を不当に利用しようとしているのではないかという懸念に気を配り、米国企業が「よき企業市 民」となることを奨励しなければなりません。 わずか数週間前までは誇り高く、繁栄していたアジアの人たちが受けている心理的ショック を軽視してはなりません。したがって、私たちは、アジアを叱咤するだけでなく、安心させる ようなメッセージを送る努力もしなければなりません。経済の再建は困難な作業ですが、不可 能ではありません。なぜなら、現に私たちはそれを実行してきたからです。 それは、1980年代の信用貯蓄組合 (S&L) 危機や、企業の構造改革、整理・縮小を振り返 ればわかります。また、現政権の緊縮財政政策が、過去30年来初めての均衡予算の実現に貢 献したことも忘れてはなりません。その結果として、米国には、すばらしい経済成長と可能性 の時代が訪れたのです。 教訓は明らかです。国内市場の保護、輸出主導の成長、そして民間部門に対する政府の強力 な指導に依存する国家は、成長を維持することができません。最も強力な経済は、開放性・透 明性があり、過剰な規制のない経済なのです。 今後しばらくは、改革に伴う痛みが大きくなるとは思いますが、アジア諸国が国民に対して より良い生活を約束し実現していくには、それ以外の道はありません。そして、私たちには、 アジア諸国とできる限り緊密に協力をしていく以外に道はないのです。  どうもありがとうございました。 * * *