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日本の実体経済の鍵を開ける

米国財務長官ポール・オニール

2002年1月23日 (日本記者クラブ、東京)

 

 今日、こちらに来ることができ嬉しく思っている。ご承知のように、前回私の訪日中に例の9月11日の米国同時多発テロが起こり、そのため計画されていた日本政府および民間の方々との会談を延期せざるを得なかった。今回の訪問で、そのとき予定していたことを行い、また、民間企業の幹部時代に築いた日本政府および民間の方々との旧交を温める機会が得られたことを嬉しく思っている。民間時代より、日本企業の国際競争に対処する優れた能力には最大の敬意を払っている。

 今回私はアフガニスタン復興支援会議に参加するために来日した。復興会議は、日本と米国の協力が世界に発展、今回に関していえば、アフガニスタンに経済再建および民主的組織育成の真の機会を与えることをもたらす上で、大きな影響力を持つことを示した。政治、戦略分野で正しいことは経済では更に強い説得力を持つ。世界の2大経済大国である日本と米国は、欧州とともに、世界経済に対して責任を負っている。日米両国の経済速度は世界経済の将来とその可能性に重大な影響を与える。

 米国経済は2000年の半ば以来減速し、世界経済に悪影響を与えている。われわれは、世界が強い米国経済を必要としていることを承知している。また、世界が強い日本と 欧州経済を必要としていることも承知している。米国は競争力を高め、マクロ経済政策により経済成長を回復すべく懸命な努力をしている。連邦準備制度理事会(FRB)は、金利を1960年代初め以来最低のレベルまで下げた。ブッシュ大統領による同時多発テロ直後の減税、財政措置は米国経済の回復を支え、そして米国経済は今年加速的に成長を遂げるであろうことを確信している。

 日本経済の過去10年間の実績は潜在的可能性を大きく下回った。そしてその代償は日本にとっても世界にとっても高くついた。世界第2の経済大国の苦闘は当然世界にも影響する。評論家の中には日本が再び世界に成長、繁栄をもたらす原動力にはなり得ないと見る向きもある。外部評論家の論調、提言の変化には実際愕然とさせられる。彼らの論議は困惑させ、そしてしばしば矛盾する政策的な助言から、不振あるいは極めて悪い状態が続く日本経済から自国を守れという、他の国々への忠告に変化してきている。

 評論家は、日本経済はもうだめだと言っているが、私は間違っていると思う。日本は勤勉な労働力と優秀な企業の競争力という素晴らしい資源を持っている。日本の経済全体がトヨタやソニーのような業績をあげていたとしたらどうだろう。日本の優秀な企業が開発した革新的な技術やシステムは、米国の消費者により安く、より高い品質の製品を提供するという形でも貢献している。そして、このことが米国の企業をより生産的、効率的にした。日本の経済分野でのリーダーシップは世界中の人々に新たな挑戦への対応、改革そして進歩を促した。

 どんなに競争力があったとしても、すべての国が果断な経済調整と政策変更が必要な時期を経験する。

・ 私は、米国が1970年代の終わりから80年代初めに経験した苦しい時期を覚えている。当時、多くの評論家が米国経済はもうだめだと言っていた。しかし、わが国は官民一体となって難問に取り組み、歴史的な好景気をつくりだした。 

・ 英国では、マーガレット・サッチャー元首相が自国経済の根本的改革を行った。労働市場の改革、規制撤廃・緩和、民営化、そして税制の徹底した見直しが刺激策となり、新しい健全な競争を英国経済にもたらした。

 果断な政策的措置が英米両国の経済を再び活気づけ、共産主義の支配から抜け出そうとしている世界の人々の手本となった。指導者は展望を示すことで、将来に対する予想を変え、初期調整の苦しい時期を抜け出す自信を国民の間に生み出す。

 日本にも果断な措置を取った歴史的な例がある。世界が一連のエネルギー・ショックに見舞われた1970年代、日本は素早く適応した。私がよく知っているアルミ業界では、日本はこのエネルギー集約型ビジネスの競争における不利な立場を認識していたため、一次アルミニウムの生産をやめるために協調行動をとった。この措置が日本の雇用者や企業に混乱を招いたことは確かではあるが、このことは、日本が行動を取ると決めた場合、速やかにかつ効果的にその行動を取ることができることを示した。

 そうした迅速で効果的な行動が、今求められている。

 だからこそ、ブッシュ大統領は小泉総理と総理の改革計画に強い支持を表明している。小泉総理が描く日本の将来像とは、世界のモデルとなる活力あるアジア経済に向けて指導力を発揮する繁栄した国民というものである。

 小泉総理は、再び世界に注目され、認められる地位に日本を戻すための強力な改革に取り組んでいる。私が言っておきたいことは、小泉総理は、為替相場の操作が改革の現実的要素であると示唆する発言をまったくしていないことである。小泉総理に同感する。今回の訪問でも、またこの1年間さまざまな機会において、日米の為替相場について質問を受けた。それは為替操作によって、日本を持続的な経済成長軌道に戻すことができるのでは、と暗に問いかけるものであった。しかし、為替の操作で生産性の向上や不良債権問題の解決はできないことは紛れもない事実である。歴史から明らかなように、根本的な経済問題を保護主義的手段で解決しようとすれば、例えば、人為的に通貨の価値を下げるのもそうした手段の1つだが、その国の経済そのものを実際には弱体化させることになる。

 世界の国々は、日本のGDPを再び成長軌道に乗せることが目標であり、成功を計る尺度だと、考えている。これまでの政策的な処方箋、例えば、輸出主導の経済成長策や際限のない公共事業が有効ではないことは明らかである。しかし、日本国民は再び成長を目指す決意をすれば、そのための手段を講じると私は確信している。日本国民は目標を設定すればそれを達成する。

 目標達成に必要なのは、具体的な政策と目標達成のためのそれぞれの政策の役割、その政策を達成するための予定表を打ち出すことである。政策と予定表なしでは目標は目標となり得ず、結局見果てぬ夢に終わることは、政府や民間でも明らかである。

 日本経済の可能性を十分に引き出す手助けになるのではないかと思われる3つの分野について簡潔にお話したい。まず1つは金融部門である。小泉総理の改革が金融問題の取り組みに、中心的役割を与えていることを称賛する。ブッシュ大統領は2回の日米首脳会談において、また先進7カ国蔵相・中央銀行総裁会議の出席者も共に、日本がこの問題を重要視していることを歓迎しているが、それには十分な理由がある。経済が潜在的能力を十分発揮するために重要なことは、金融部門が健全でかつ効率的に資本を最も生産的な用途に配分することである。健全な金融制度は進んでリスクを冒すが、意識的にそうするのであり、また常に貸出債権を時価査定する。

 米国は、自らの経験から、不良債権や危険債権の処理に苦しむ金融制度は、実体経済の足を大きく引っ張るということを承知している。もし成功からと同じくらい失敗からも学べるとしたら、効果的に処理されるまで手間取り深刻化した米国の貯蓄貸付組合(S&L)危機から得られる教訓も多い。

 危機を脱するには2つの重要なことがあったように思われる。第1に、問題に対処するのに当面のコストを最小限におさえるため、個々のケースに対する部分的方策をいくつも取るのではなく、問題に全面的に対処する決断である。第2は、ローン債権およびその担保物件を市場で売却することにより、回収困難な資産を早期に民間の手にゆだねる決断をしたことである。

 米国がS&L危機と1990年代の金融問題から学んだことは、貸付先の問題を解決することが重要であるということである。選択肢が資産の清算と売却しかない場合もあった。しかし多くの場合、大幅な債務超過に陥っている会社の中で存続可能な中核事業があった。その将来性のある事業部門を切り離すことは、単に負債を軽減するという問題だけではなく、ほとんどの場合、経営再建を要した。しかし企業再建がうまくいった場合は、その価値は清算する場合よりはるかに高く、雇用の損失は大幅に減り、そして安定した将来を築く機会は大幅に増加した。

 企業とその従業員が金融制度の変化に適応するなか、マクロ経済環境からの支援が、金融制度の改革においては特に重要である。そのような環境の第1の要素としては物価の安定が挙げられる。インフレが経済に与える浸食効果について私たちは学んだ。しかし、デフレも同じように悪影響がある。デフレは債務者の負担を増加させるとともに消費と事業投資に水を差す。インフレ同様、持続的なデフレは金融現象であるから、金融政策が効果がある。しかし、デフレが続く限り、他の改革を成し遂げることはより一層困難である。

 マクロ経済政策のもうひとつの支柱は、財政政策である。小泉政権が強調しているように、非生産的な公共投資は持続的成長をもたらさない。

 日本産業全体にわたる真の価格競争の導入につても述べたい。日本の優良企業は日々、内外での価格競争に直面しているが、日本経済の多くの分野において、真の経済的価値の創造よりもむしろ障壁と規制によって生き残っている企業が多い。規制撤廃・緩和および構造改革の結果、より一層の価格競争は調整と何らかの混乱をもたらしうる。しかし、それはまた国内および外国企業の新規参入、雇用の増加、新たな成長そして安定した将来へとつながる経済的機会と活動を生み出す。

 個々の企業の活動は、日本経済全体にとって何が可能かを示す。2年前、倒産寸前だった日産は、新たな投資家と労使双方による再建努力の結果、多くの人の予想よりかなり早く黒字に転換した。日産は労働組合の先回の賃金・ボーナス値上げ要求に対して、満額回答をもって労働者の努力に報いた。

 電気通信産業は、新規市場を競争に開放すれば利益がもたらされうるということを示す明らかな例である。携帯電話事業への新規参入と価格競争が基地局およびアンテナ施設への投資を促し、携帯電話加入者が急増した。機会が生まれ、新しい競争が導入された結果、今やNTTドコモは世界において移動通信の革新で指導的役割を担っている。

 日本の金融大改革(ビッグバン)は、米国や英国と同様、金融商品や価格についての激しい競争をもたらす結果となった。かつて日本の企業は、自社が必要とする金融サービス商品をニューヨークやロンドンでしか手に入れられなかったが、今ではその多くが国内でも手に入れることができるようになった。米国では、規制が緩和された結果、金融サービス分野は経済全体より早いスピードで成長を遂げた。日本でも同様の効果が現れることを期待する。

 日本経済全体に価格競争を導入するには、貿易、規制、そして財政にかかわる政策において、数多くのきめ細かい非常に重要な決定が必要となる。どのように進めるかを日本政府に提言するのは私の役目でもなく、また米国政府もその立場にない。日本の皆さんが決定することである。「聖域なき」構造改革は、経済回復、持続的経済成長にとって不可決だと主張する小泉総理の立場を支持する。総理はすでに非効率な公共事業に対する支出を削減する方向を示し、特殊法人の廃止または民営化案を打ち出している。小泉総理のこうした改革が十分に成功することを祈る。

 日本および世界にとっても、こうした改革努力いかんに多くがかかっている。「成長のための日米経済パートナーシップ」においても、日米両国は自国経済が世界経済の成長と安寧に大きな影響を及ぼすことを認識している。われわれはともに責任を持って経済成長の為にできることはすべてやらなければならない。

 米国に関して、私は大いに楽観的である。日本についても大いに楽観的であり、今の期間は改善をもたらす政策を講ずる絶好の機会だと受けとめている。困難な問題を解決する為に大胆な措置が必要であり、米国は小泉総理が断固とした措置を取るという公約を支持する。市場は、改革案が実行されることを明らかに心待ちにしており、日本がその可能性を十分に達成するのに必要な政策に、熱心にそして積極的に反応するであろう。信頼醸成は短期的に生じる調整の痛みを緩和し、日本が強力な成長への道に復帰することを加速する。日本の奇跡は終わっていない。日本経済を堅調で持続的な成長軌道に乗せることは、日本、米国、そして世界にとって極めて重要である。

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