日 本 紅 斑 熱

31例の臨床知見および文献的考察)

 

馬 原 文 彦

馬原医院(徳島県阿南市)

要約

 紅斑熱群リケッチア症は、ダニ類の刺咬によってリケッチアが体内に入り感染する疾患である。この疾患は日本には存在しないものと考えられていた。1984年に3例の日本紅斑熱の臨床例が発見され初めて報告された。病原体も分離されRickettsia japonicaと命名された。199610月までに31症例が徳島県の馬原医院で日本紅斑熱と診断された。この病気は典型的には、高熱、頭痛、特徴的な紅斑を呈し、90%にダニによる刺し口を認めた。本症の発見以来、100例を超える臨床例が西日本や中部日本で発生していることが確認されている。最近の研究により媒介マダニも明らかにされつつある。

日本紅斑熱は急性感染症として臨床家にまだ十分認識されておらず、新興感染症として注意を要する疾患と考えられる。

 

はじめに

 紅斑熱群リケッチア症はダニ類によって媒介され世界中に広く存在する。日本紅斑熱は、これらのグループに属する新しい独立疾患である(1)。 1984年最初の臨床例が報告された(2)。病原体は患者血液から分離され、R. japonica とされた(3)。本症は発生数が少なく、発生地域も限られているため、皮膚科や感染症などの専門家の目に触れることが少ないために情報の少ない疾患である。

徳島県においては、日本紅斑熱が日本で最初に発見され、その後、日本におけるもう一つの重要なリケッチア疾患であるツツガムシ病も発見された(4)。

199610月までに、日本紅斑熱31例、ツツガムシ病11例が馬原医院(徳島県阿南市)において診断された。また同じ期間に45例の人マダニ刺咬症を経験した。

本稿では、これらの経験に基づき、日本紅斑熱発見の歴史、臨床所見、ツツガムシ病との鑑別につて詳述し、更に疫学、媒介動物、病原体について最近の知見に言及する。

 

歴史

戦後の発疹チフス流行の終焉によって、1980年代においては、日本ではリケッチア症といえばツツガムシ病を想定するのが一般的であった。徳島県においてはこの両疾患共に過去20年間発生はみられなかった。19845月、63才の農家の主婦が高熱と身体全体に広がる紅斑を主徴として馬原医院を訪れた。入院下に通常使われている抗生剤(β—ラクタム剤とアミノグリコシド剤)が投薬されたがほとんど無効であった。しかし、約2週間で解熱した。ところが5月と8月に同じような症状の患者が相次いで入院し、ドキシサイクリンが有効であった。しかも同じ山に農作業で入って感染し、うち2例ではダニによる刺し口を認めた。そこでツツガムシ病が疑われ、ワイル・フエリックス反応が行われた。 結果は全く意に反するもので、ツツガムシ病に陽性であるOXKは陰性で、OX2が陽性、即ち紅斑熱群リケッチア症を示唆するものであった(1)。

この3症例は、その後の共同研究により補体結合反応で紅斑熱群に属するリケッチア症であることが確認された(5、6)。 この疾患は発見者により日本紅斑熱(Japanese spotted fever)と命名することが提唱され(7)、それ以来この病名が広く用いられている(8−10)。東洋紅斑熱は日本紅斑熱の同義語である(11)。

病原リケッチアは1986年患者血液から分離され(12)、R. japonica と命名された(3)。

 

臨床所見

1984年から1996年10月までに馬原医院で診断された31例の日本紅斑熱患者の臨床像について述べる。

この疾患は定型的には急激に発症し、頭痛25例(80%)、高熱31例(100%)、悪感27例(87%)を訴える。また、特徴ある紅斑31例(100%)やダニによる刺し口(eschar)28例(90%)を認める。ほとんどの患者は強い倦怠感28例(90%)、ときに関節痛、筋肉痛、四肢のしびれ感などを訴える。

他覚所見としては、急性期には悪感を伴う高熱があり熱型は弛張熱である。重症例では40℃を越える高熱が数日持続する(Figure 1)。病気の経過中の最高体温は、38.5℃から40.8℃(平均39.5℃)で、ツツガムシ病の最高体温が38.5℃から39.1℃と報告されているのに比してやや高く重症感がある。

突発的に、または2〜3日不明熱が続いた後に、高熱と共に特徴的な紅斑が手足、手掌、顔面に出現する。米粒大から小豆大の辺縁不整の紅斑で痛みやかゆみを伴わないのが特徴で、初期にはガラス圧により消退する。この紅斑は数時間で全身に広がるが、体幹部よりは四肢に多い傾向にある(Figure 2)。手掌部の紅斑はツツガムシ病では見られない本症に特徴的な所見であるが、数日間で消失するので注意を要する。

本症の紅斑は3〜4日目頃から一部出血性となり、1週間〜10日目位をピークとし、2週間位で消失する。しかし、出血斑の強い症例では褐色の色素沈着が約2ヶ月間またはそれ以上残ることがある。 

マダニによる刺し口(eschar)は、手、足、頸部、体幹部、等に認められた(Figure 3)。刺し口は通常1〜2週間認められるが、小さく浅い刺し口の症例では数日間で消失した。日本紅斑熱の刺し口は、ツツガムシ病のそれに比して一般的に小さく見落としやすいので、注意深い観察が必要である。

その他の所見として、ツツガムシ病の殆どの症例でみられる所属リンパ節または、全身リンパ節の腫脹は日本紅斑熱ではみられないことが多く、肝脾の腫脹も少ない。その他、1症例では心臓の肥大を認めた(5)。また、他の地域の症例で中枢神経の障害で、失神発作を認めた症例も報告されている(13)。

 

検査成績

 臨床検査成績は、他の紅斑熱群に属するリケッチア症のそれと類似しており、日本紅斑熱に特徴的な所見に乏しい。

 病初期の尿検査で、尿蛋白、潜血が陽性となることがあり、尿路感染症との鑑別を要する。血液検査では、急性期に白血球数は3600〜12800とばらつきがあるが減少傾向にあり、核の左方移動が著明である。血小板数も減少傾向にある(6、8〜35、3)。

1〜2週間のうちに、白血球数はやや増加し、リンパ球も増加する。生化学的検査では、CRPが強陽性、肝機能(トランスアミラーゼ)がやや障害される。しかし、2〜3週間で正常に復することが多い。

 

血清学的検査成績

日本紅斑熱の特異的血清診断は、間接免疫ペルオキシダーゼ法(IP法)または免疫蛍光法(IF法)を用いて行われる。この検査の抗原は、R. japonicaまたは他の紅斑熱群リケッチアを用いる。IP法では、IgGとIgMは発熱後9日目頃から測定可能で、IgG抗体の方がIgM抗体より抗体価が高い(14)。IF法においてもほぼ同じ様な結果が得られている(15)。

徳島県馬原医院で臨床的に診断された31症例では、全症例でR. japonica に対しIP反応で陽性であることが確認された。また、ワイル・フエリックス反応で27例(87%)でOX2抗原に対し抗体価の上昇を認めた(10、14)。

 

治療

 熱性疾患に一般的に使用される抗生物質、ペニシリン剤、βラクタム剤、アミノグリコシド剤、等は本症には全く無効である。しかし、ドキシサイクリンやミノサイクリンは著効を示す(16)。

 重症例の臨床経過を示すと(Figure 1)、62才主婦であるが、40℃を越える発熱があり悪寒戦慄を伴っていた。セフアゾリン(CEZ)の投与にもかかわらず、一般状態の急激な悪化があり第2病日には意識障害と全身浮腫となった。第3病日早朝より300mg/日/3回のドキシサイクリン点滴静注を開始したところ、劇的な効果があり最初の100mgの点滴中に38℃まで解熱し、その後順調に回復した。

 試験管内における各種抗生物質の感受性をみると、R.japonicaに対して最も感受性が高いのはミノサイクリンで次いでその他のテトラサイクリン系薬となっている(17、18)。一方、βラクタム剤やペニシリン系薬は全く無効か極めて低い。しかし、ニューキノロン薬はツツガムシ病リケッチアには感受性が無いが、日本紅斑熱リケッチアには感受性を有している。著者のニューキノロン(tosufloxacin 300mg/日/分3/経口)を用いた臨床例では、3例中2例で解熱を認め有効であった(9)。

 本症に対する抗生剤の基本的投与方法は、高熱のため脱水を伴う症例では、ドキシサイクリンかミノサイクリンの点滴静注を施行する(200mg〜300mg/日、3〜7日間)。そして解熱後に予防投与として200mg/日を約2週間経口投与で行っている。

本症では病勢が急激に悪化するために、リケッチア症を疑った段階でミノサイクリンやドキシサイクリンを用いた早期の有効治療を行うことが重要である。

 

疫学

 1984年から1995年までに144例の日本紅斑熱の発生が確認されている(19、Figure4)。これらは症例数と発生地域の把握だけであり、十分な疫学データは蓄積されていないが、これによると日本紅斑熱の発生地は日本の中部から西南部の太平洋岸沿いに属し、温暖な気候の地域である(Figure 5)。発生場所は、竹林、田畑、海岸沿いの丘陵や森林など種々の異なった環境である(20)。徳島県の31症例の内9例は男性、22例は女性であった。年令は4才〜78才であるが、多く(68%)は60〜70才であった。病気の発病までの期間(潜伏期間)は、野外作業後2〜8日であった。徳島地方の日本紅斑熱の月別発生数をみると、4月〜10月であり(6、18、Figure 6)、この地方の患者の多くは、春は主産物であるタケノコ、秋には栗の実の収穫に山に入って感染する。

 この地方ではツツガムシ病の患者は、冬(11月〜2月)に発生しており、発生時期の違いによってある程度鑑別できる。しかし、この季節性による鑑別は他の地域ではツツガムシ病の発生時期が異なる場合があるので注意を要する(21)。

日本紅斑熱は、他の紅斑熱群リケッチア症と同様にマダニにより媒介されものと推測される。マダニによる刺し口が殆どの患者に見られることがこの推測を裏付けるものである。13例(28、3%)の患者は、発病前にマダニに刺されたことに気がついている。しかし、受診時にマダニを付着してきた症例はなく直接的に証明しえた症例は無かった。従ってこの地域における人マダニ刺咬症の蓄積が極めて重要となる。1984年から1996年の10月にかけて馬原医院では45例のマダニ刺咬症の患者が記録され、3属8種のマダニが同定された(Table 1)。さらにマダニの調査により、徳島および他の日本紅斑熱の発生地域で3属6種のマダニからR. japonica が陽性と報告されている(Table 2)。 すなわち、R. japonica の種特異的モノクローナル抗体を使用した免疫ペルオキシダーゼ反応によるヘモリンフテストで、タイワンカクマダニ(Dermacentor taiwanensis,キチマダニ(Haemaphysalis flava,タカサゴチマダニ(Haemaphysalis formosensis,フタトゲチマダニ(Haemaphysalis longicornis,ヤマトマダニ(Ixodes ovatus) が R. japonica に対して陽性であった(22)。また、フタトゲチマダニからは免疫蛍光法で行ったヘモリンフテストでも検出されている(23)。  R. japonica に特異的なプイライマーを使用したPCR 法で、ヤマアラシチマダニ(H. hystricis)(24), キチマダニとヤマトマダニ(25)が陽性とされている。また、フタトゲチマダニでもPCR産物の制限酵素断片多型性(RFLP)の検討からR. japonicaが同定された。これらのマダニのうち、キチマダニ, フタトゲチマダニ, ヤマトマダニ は、人刺咬性が強く頻繁に人を攻撃する(26)。したがって、これらのマダニが日本紅斑熱の媒介者の可能性が高い。

 最近、血清学的に R. japonica とは異なる2種類の紅斑熱群リケッチアが日本産マダニから分離されている。しかしこれらの病原性や臨床的意義等についてはまだ解明されていない(27、28)。

 

病原体

 日本紅斑熱の病原体は1986年に高知県で患者から分離された(12)。一方、1987年に徳島県の日本紅斑熱患者からも病原リケッチアが分離された(29ー31)。前者は標準株YH(ATCCVR-1363)であり、新種のリケッチアとして R. japonica と命名された(3,32)。後者(片山株)は、高知県以外の日本紅斑熱の発生地域で最初に分離したものである。この片山株に特異的なモノクロナール抗体を用いた R. japonica との間の血清学的な分析(33)、ならびに徳島県の6株の患者由来株および標準YH株とそれらに対するマウス抗血清との相互交差反応(34)では、これらの分離株は同種であると判明した。1988年兵庫県淡路島(35)と1995年和歌山県(36)で患者血液から分離された病原体もR.japonicaと同定された。

電子顕微鏡による観察では、R.japonicaは通常、短桿状あるいは多形性球桿菌状で、長さ2μm,径0.5μm、細胞質内のみならず細胞核内にも認められる(37)。宿主細胞内で増殖中のリケッチアは多層メゾソーム様の構造がみえる場合がある(38)。このユニークな構造は R. prowazekii を除く他のリケッチアに報告は無い(39)。

初めての患者由来株の分離以来、少なくとも20の病原リケッチア株が徳島、高知、兵庫、千葉、和歌山の各県で細胞培養やヌードマウス通過法で日本紅斑熱の患者から分離されている。しかしそれらの株間における毒力の差異の有無はまだ解明されていない。

 紅斑熱群に属するリケツチア症は10種類が知られている(40)。ロッキー山紅斑熱、地中海紅斑熱(ボタン熱)、シベリア・マダニチフス, アフリカ紅斑熱 、クイーンスランド・マダニチフス、 日本紅斑熱、イスラエル紅斑熱、アストラカーン紅斑熱、 フリンダース島紅斑熱, リケッチア痘 などである。

 日本紅斑熱の臨床症状の3徴候は、高熱、発疹、刺し口であるが、これは他の紅斑熱群のリケッチア症の臨床症状と類似している。しかし、皮疹の性状、刺し口の形態、疾病の重篤さなどを勘案すると、日本紅斑熱はロッキー山紅斑熱よりは地中海紅斑熱やシベリア・マダニチフスにより近縁であると考えられる。

最近のマダニ類の研究から、日本紅斑熱の媒介動物は キチマダニ, フタトゲチマダニとヤマトマダニが最も有力であると考えられる。

日本においては、日本紅斑熱とツツガムシ病の両疾患の鑑別が問題となる。しかし、詳細な臨床的観察では両者の間に多少の違いがある。近年ツツガムシ病の流行がしばしば報じられている(21)。日本紅斑熱の死亡例の報告はまだ無いが、紅斑熱群のリケッチア症の死亡率は、地中海紅斑熱で2.5%(41)、ロッキー山紅斑熱では3ー7%(42)とされている。日本紅斑熱も適切な治療がされなければ同じような危険を有している事を銘記する必要がある。

日本紅斑熱の疑いのある場合には、躊躇することなく、病早期より有効な治療を開始することが肝要である。

 

謝辞

血清学的診断をご指導いただいた秋田大学名誉教授須藤恒久先生に、有益なご助言を頂いたスロバキア科学アカデミー、カザール教授に、疫学的研究を担当された大原研究所藤田博巳博士並びに福井医大高田伸弘助教授に、そしてこの研究を支えて下さった多くの研究者の方々、深甚なる感謝を捧げます。

 

文献請求先:馬原文彦

馬原医院;779-15、徳島県阿南市新野町信里6−1

Fax:0884-36-3641E-mail:mahara@ibm.net